「運動が苦手な子」
「手先が不器用な子」
DCD(発達性協調運動障害)のある子どもは、周囲からそんなふうに見られることがあります。
しかし、DCDによる困難は、体育の授業やスポーツだけではありません。
字を書く、着替える、箸を使う、靴ひもを結ぶ――。
私たちが当たり前に行っている日常動作の一つひとつに、困難を感じていることがあります。
さらに難しいのは、こうした困難が周囲から見えにくいことです。
「できない」のではなく、「できるようになるまでに、私たちとは違う大変さがある」。
DCD当事者の声から見えてくる、そんな「見えない困難」について紹介します。
DCDの困難は「運動」だけではない
DCDと聞くと、「走るのが苦手」「ボールをうまく投げられない」といった運動面の困難を思い浮かべる人も多いかもしれません。
もちろん、体育や遊びの場面で困難を感じる人はいます。
しかし、DCDの特徴はそれだけではありません。
たとえば、
- 字を書く
- はさみを使う
- 箸を使う
- ボタンを留める
- 靴ひもを結ぶ
- 着替える
- 荷物を整理する
- 工作をする
といった、日常生活の中でも困難が生じることがあります。
そして、こうした動作は「できる・できない」だけでは測れません。
「できるけれど、とても時間がかかる」
「できるけれど、ものすごく疲れる」
「何度やっても同じようにはできない」
ということもあります。
ここが、DCDの困難を理解するうえで大切なポイントです。
※前回記事もご参照ください→【DCD(発達性協調運動障害)とは?「ただの不器用」と見過ごされやすい子どもの特徴を解説】
「できるのに、なぜ時間がかかるの?」という疑問
DCDのある人の中には、最終的には動作を完成させることができる人もいます。
そのため、周囲からは、
「できているじゃない」
「やればできるんだから、もっと早くできるよ」
「前にもやったことがあるよね?」
と思われてしまうことがあります。
でも、「できる」と「簡単にできる」は同じではありません。
たとえば、私たちが無意識に行っている動作でも、本人にとっては一つひとつの動きを意識しながら行わなければならないことがあります。
その結果、時間がかかったり、疲れたり、途中で失敗したりすることがあります。
これは「怠けている」「集中していない」ということとは違います。
「何度練習してもできない」というつらさ
DCDのある人が抱える困難の中でも、特につらいのが「努力しているのに、思うようにできない」という経験です。
周囲から見ると、
「練習すればできるようになる」
と思ってしまうことがあります。
しかし、本人はすでに何度も練習しているかもしれません。
それでも思うようにできない。
すると、
「自分はどうしてできないんだろう」
「みんなはできるのに」
「また失敗した」
という気持ちを抱えてしまうことがあります。
そして、失敗を繰り返すうちに、最初から挑戦することを避けるようになる場合もあります。
「やりたくない」のではなく、
「どうせまた失敗するから、やりたくない」
ということもあるのです。
DCDについて、楽しく読めて理解も深まる\なわとび飛べないぶきっちょくん/
当事者の声から見えてきたこと
DCDについて学ぶ中で、私が特に印象に残ったのが、当事者の方やその家族から聞いた言葉や経験でした。
ここでは、その一部をご紹介します。
同じ姿勢の維持が難しい
イスに座っても、背筋を伸ばして座れない。姿勢を崩してしか座れないから、学校では「授業を聞いていない」「なまけている」と思われる。
さらに学年や年齢が上がると、「やる気がない」「教師をなめている」と思われてしまうことも。
思うように字が書けない
字を書くときに、鉛筆やペンを握る力加減の調節が上手くできず、読めない字になってしまう。筆圧が強すぎて何度も鉛筆の芯を折ったり、書いている紙が破れてしまうことも。
また回答欄が小さいと、欄からはみ出してしまい、他の回答欄とまざってぐちゃぐちゃになることも珍しくないそうです。
現在の日本教育では、筆記回答が主流です。そのため、問題の答えがわかっていても、字の読めなさで誤答になってしまうとのこと。
ちなみにDCD由来の字の書けなさと、LD由来の字の書けなさは、似ているようで全く異なります。
DCDは書くことが苦手で、漢字や記号のパーツは理解できています。そのため、字としては合っているのに、読み取れないことが課題です。
対するLDは、漢字や記号のパーツの記憶が難しいため、存在しない字を書いてしまうことも多々あります。字自体が間違っているんですね。
ネットで【書字障害】と画像検索してみると、たくさんの画像が出てきます。その中には、LDと紹介されていても「私的にこれはDCDっぽいな」というものもあり、診断の難しさを感じました。
ピアノは弾けても、ラジオ体操ができない
DCD=指先が不器用、というイメージもありますが、実は反対パターンもあります。
この場合、ピアノが弾ける手先の器用さ(微細運動)はあるものの、体全体を動かすラジオ体操(粗大運動)が苦手なパターン。
教師からは「器用なのにラジオ体操ができないのは甘え。本人のやる気の問題」と言われたそうです。
DCDの子どもが苦手な教科ばかりが交流級で行われている
DCDの苦手な教科として、代表的なものが【体育】【図工】【音楽】【家庭科】です。
国語・算数・理科・社会といった教科は支援級で、それ以外の教科は交流級で、というのが多くの支援級の流れだと思います。
しかし、DCDの子どもにとっては、体を動かす教科こそ苦手分野。交流級で自分のできなさを痛感して、その教科が苦手になってしまう経験も多いとのこと。
できるようになっても時間がかかる
就職で苦労しているという話も聞きました。
どうにか作業ができるようになっても、作業完了までに時間がかかる。ひとつの作業が終わると疲れ果ててしまって、その後の作業ができない。常に同じクオリティで作業ができない。
そのため就職はできても長続きできず、生活が苦しいというのです。
こうした当事者の経験から見えてくるのは、DCDによる困難が「動作が苦手」という一言では表せないということです。
できないことそのものだけではなく、
できないことで周囲からどう見られるのか。
何度努力してもできない経験を、本人がどう受け止めるのか。
そこまで考える必要があります。
「不器用だね」という言葉が傷つけることもある
DCDのある子どもにとって、「不器用」という言葉は、単なる特徴の説明では済まないことがあります。
たとえば、何度も失敗したあとに、
「また失敗したの?」
「不器用だね」
「ちゃんと見てやって」
「もっと練習しないと」
と言われ続けたら、どうでしょうか。
本人は「できるようになりたい」と思っているのに、できない。
それなのに、努力していないように受け取られてしまう。
そんな経験が積み重なると、「自分は何をやってもできない」という気持ちにつながってしまう可能性があります。
だからこそ、DCDの子どもを理解するときには、「何ができないか」だけを見るのではなく、「その子がどんな経験をしてきたのか」に目を向けることが大切です。
DCDは「見えない困難」だからこそ、理解されにくい
DCDの難しさの一つは、困難が外から見えにくいことです。
車いすを使っている、補助具を使っているなど、目に見える支援が必要な場合と比べると、DCDによる困難は気づかれにくいことがあります。
そのため、
「普通に歩けている」
「会話もできる」
「学校にも通えている」
という姿だけを見て、「特に困っていない」と判断されてしまうことがあります。
でも、本人の中では、
「体育の時間が苦痛」
「字を書くとものすごく疲れる」
「着替えが周りより遅い」
「失敗するのが怖い」
という困難を抱えているかもしれません。
外から見えないからこそ、本人の言葉に耳を傾けることが重要なのです。
「できない」ではなく「どうすればできる?」という視点へ
DCDのある子どもへの支援を考えるとき、大切なのは「できるようになるまで頑張らせる」ことだけではありません。
「どうすれば、この子はやりやすくなるだろう?」
という視点を持つことです。
たとえば、同じ「靴ひもを結ぶ」という目標でも、
- 結び方を変えてみる
- 手順を分けてみる
- 道具を工夫する
- 周囲の環境を変える
- 本人と一緒にやり方を考える
など、さまざまな方法があります。
大切なのは、「できない理由」を本人の努力不足だけに求めないこと。
そして、本人と一緒に「できる方法」を探していくことです。
保護者にも支援者にも。具体的なヒントが盛りだくさん\DCDの子どものサポートガイド/
DCDの子どもに必要なのは「できない理由を責めること」ではない
DCDのある子どもは、すでに十分頑張っているかもしれません。
それでも、私たちとは違うところでつまずいているのかもしれません。
だからこそ、
「どうしてできないの?」
ではなく、
「どこが難しい?」
「どうしたらやりやすくなる?」
と尋ねてみる。
それだけでも、子どもにとっては大きな違いになるのではないでしょうか。
DCDについて知ることは、単に「不器用な子どもを理解する」ことではありません。
本人が感じている困難に気づき、「できない自分」を責めなくていい環境をつくることでもあります。
お役立ちグッズ紹介
↓DCDを知るなら、まずこの本。
各分野の専門家が、各視点からわかりやすく解説しています。
↓文章が苦手な方は、こちらもオススメ。
かわいいイラストで内容もわかりやすく、保護者にも支援者にも読んでほしい一冊です。
↓グッズではないですが、福岡ではDCD外来を行っている病院もあります。
DCDはまだ知名度が低いため、診断まで到達しないことも珍しくありません。DCDに注力しているクリニックもあるようなので、気になる方はネットで【DCD外来】【DCD診断】などで検索してみることをおすすめします。

まとめ
DCDの困難は、運動だけに限りません。
字を書く、着替える、箸を使うなど、私たちが当たり前に行っている動作にも困難が生じることがあります。
そして、その困難は外からは見えにくいため、「努力不足」「やる気がない」と誤解されてしまうことがあります。
しかし、DCDのある人は、「できるようになりたい」と思いながらも、思うようにできず悩んでいるかもしれません。
だからこそ、
「できない」ではなく、「何が難しいのだろう?」
という視点を持つことが大切です。
DCDについて知ることは、本人の困難を理解する第一歩。
そして次のステップは、「では、どうすればその子がやりやすくなるのか」を考えることです。
次の記事では、DCDの支援方法の一つとして注目されているCO-OP(コアップ)アプローチについて紹介します。
「できるようにしてあげる」のではなく、本人と一緒に「できる方法」を探していくCO-OPとは、どのような支援なのでしょうか。

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